埼玉・東所沢のところざわサクラタウン・角川武蔵野ミュージアムにてリレー形式で開催されている企画展「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」。第5弾の作品として、大岩オスカールさんの『The Sun and 10 Ghosts(太陽と10匹の妖怪)』が公開されています。

新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう中、“疫病退散にご利益がある妖怪”として話題となったのが、幕末の熊本沖に現れ、疫病について予言したと言われる“アマビエ”です。多くのメディアに紹介されたり、SNS上で「#アマビエチャレンジ」が流行したりと、注目を集めてきました。
そんなアマビエを6名のアーティストが再解釈し、「現代のアマビエ」としてアートで表現する企画展「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」が角川武蔵野ミュージアムで開催されています。8月末、第5弾の作品として、大岩オスカールさんの『The Sun and 10 Ghosts(太陽と10匹の妖怪)』が公開となりました。

大岩さんはニューヨークに拠点を置き、ブラジル、日本、アメリカなど、複数の文化に根差した自らのアイデンティティーを模索するアーティスト。新聞記事やインターネットの中に社会問題の糸口を見出し、入念なリサーチをもとに大画面を仕上げる作風で知られ、2019年には紺綬褒章も受章されています。

描いたのは「トンネルの向こうに見える光のような何か」
同展示のアートディレクションを行ったのは、千葉大学准教授で角川武蔵野ミュージアムアート部門ディレクターの神野真吾さん。大岩さんへの依頼理由について、「具象的で時代の気分を伝えながらも、どこか現実とは違う世界を描く大岩さんが、コロナ禍でロックダウンしているこの状況をいかに感じ、表現されるのかに関心がありました」と話します。
神野さんから「現代のアマビエを制作してほしい」という依頼を受けたものの、ニューヨーク・マンハッタンに拠点を持ち、普段日本語のニュースやSNSに触れない大岩さんにとって「アマビエ」はなじみのない存在だったそうです。
「日本では流行しているようだったのですが、私は依頼を受けて初めて『アマビエ』という言葉を聞きました。なので、最初はGoogleなどでリサーチするところから始めて。ですが、結局のところ“アマビエそのものを描く”というよりは、“この時代”を描こうと思いました」
そうして大岩さんが制作したのが『The Sun and 10 Ghosts(太陽と10匹の妖怪)』でした。海のような宇宙のような空間で、妖怪とも生き物とも受け取れる物体が、中心にある光を眺めているように見えるこの作品。“妖怪”はつぶさに見るとアメリカ、イギリス、ロシア、中国、インド、フランス、イタリア、スペイン、ブラジル、そして日本といった、コロナウイルスが特に流行した国の形をしています。

「ニューヨークには2020年の3月上旬以降コロナがまん延し、ひどい時は1日の死者数が2000人を超えることもありました。皆がパニックになりましたし、私も感染したくないのでとにかく家にこもって、数カ月間はスーパーに行く以外ほとんど外出しませんでした。けれどそこから状況が改善していき、2020年中頃には世界中がワクチンを開発し始めた。これからどうなるか分からない世の中で、“トンネルの向こうに見える光のような何か”を探しているような絵を描こうと思いました」

作品が飾られている角川武蔵野ミュージアムの会場は、黒を基調とした、広々とした空間です。大岩さんの生み出す作品は大きく油彩画とペン画に分かれますが、今回は神野さんの「ミュージアムの黒い壁にモノクロのドローイングが映える」という思いからペン画での制作依頼となったそうです。神野さんの狙い通り、幅約6.8m、高さ約2.9mという巨大な、白地に黒のドローイングが、会場にインパクトを与えています。

かなり大振りながらも細部まで緻密に描き込まれた作品ですが、制作手法は大岩さんご自身の言葉によると「非常にシンプル」とのこと。
「普通の画材店で売っている紙とマーカーを使って描いています。国の形だけは(プロジェクションで)トレーシングしましたが、他の部分は下書きせず、最初からマーカーでペンを入れました。現在東京都現代美術館に展示されている、オリンピックに関わる3都市を描いた作品(「オリンピアの神:ゼウス」、展示は2021年10月21日[日]まで)も同じ手法で制作しています」
コロナ禍という「小さい世界」で見つけたもの
外出もままならないほどに制限されてきたコロナ禍での生活。しかし、大岩さんはこの状況下で「コロナ禍という『小さい世界』で何ができるか」を考えるようになり、日常生活でも芸術活動でも、共に得るものがあったと言います。
日常生活では、新たに取り入れた情報やIPコンテンツのインプットツールに魅力を感じたそうです。
「これまでは映画館で映画を見ていましたが、コロナ禍をきっかけにNetflixなどのサブスクリプションサービスを使うようになりました。映画館のプログラムとは異なり、特定の年代のディレクターの作品だったり、アカデミー賞や映画祭での受賞作だったりと、自主的にテーマを決めて追い掛けることができる。『自分が見たいもの』を探して見ることの魅力に気が付きました。特に1950~60年代の白黒映画が好きで、よく見ていました」

そして芸術活動面では、これまで作品を制作していたスタジオとマンションの往来が困難になったことをきっかけに、デジタルでのドローイングに初めて取り組んだという大岩さん。
「家にこもって、ワコムの大型タブレットとPhotoshopで絵を描き始めました。細部を拡大して描いた後、再び縮小することができるので、ディテールがきれいに描けます。ロックダウンの時期に生まれた制作手法ですね」
こうして生まれたのが2020年3月以降ご自身のWEBサイトで逐次公開されたデジタル作品『隔離生活日記』シリーズでした。この作品には“隔離生活の中での空想の旅”としてコロナがなければ大岩さんが訪れるはずだった大阪や上海のほか、人の姿が消えてがらんとしたタイムズ・スクエアやセントラルパーク、サブスクリプションサービスで見ていたという昭和の白黒映画のイメージなども描かれています。
「最初は(コロナがなければ)自分が2020年3月に行くはずだった大阪や上海を描いていましたが、次第に自分の周辺や、思っていることや感じていることなどをテーマにしたりもするようになりました。体は動かせなくても、頭は普段通りに動くので、そこで何が表現できるかを考えていました」
最後に作品を鑑賞する方へのメッセージをお願いすると、「作品については、自分が思うことを描いているだけなので…」とおっしゃった大岩さん。「でも、ワクチンも広がって、また少し状況は良くなるんじゃないかなと。未来はそう暗くないと思います」とのコメントをいただきました。

大岩オスカールさんの作品『The Sun and 10 Ghosts(太陽と10匹の妖怪)』は角川武蔵野ミュージアム1Fに展示中です。
これまでの「アマビエ・プロジェクト」
2020年11月から開催中の企画展「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」。大岩さんで第5弾になりますが、これまでにも魅力的な作品が展開されてきました。
第1弾は絵画のみならず、パフォーマンス、インスタレーション、小説など多様な表現手段で毒とユーモアのある作品を生み出す現代美術家・会田誠さんの『疫病退散アマビヱ之図』。
「まずは誰か一人がストレートなイラストをやるべきではないかと思い、トップバッターを名乗り出ました」と会田さんが制作したのは、“幕末の熊本沖に現れ、漁師らに対し疫病について予言した”というアマビエ伝説に則った、古代の「海の民」のような姿の人間とアマビエの姿が描かれたイラスト作品。同作は5メートルを超える巨大な“お札”として引き延ばして複製され、原画と共にミュージアムに展示されました(2021年3月まで)。
第2弾は絵画や彫刻、インスタレーションを通して、人間と世界の根源的な関係を表現し続けるアーティスト・鴻池朋子さんによる『武蔵野皮トンビ』。ミュージアムの外壁に牛革と水性塗料で制作された巨大なトンビがあたかもへばりついているかのように展示されています。展示期間である約1年間で「人間の皮膚のように経年変化しタフに歳とっていく」(鴻池さん)ことも想定された作品です。

第3弾は比叡山延暦寺での仏道修行などを経て画家となった経歴を持つ川島秀明さんの『SHI』。仏教で四つの真理を意味する“四諦”と三島由紀夫の「豊饒の海」に着想を得た作品で、自身が般若心経を唱えた上でミュージアムに納めました。

第4弾は荒神明香さんによる『reflectwo』。川面に映った景色に着想を得た、造花を素材として制作された作品です。

そして、ラストとなる第6弾のアーティストはシークレットとされ、未だ公開されていません。どんなアーティストが担当し、どのような解釈で「現代のアマビエ」を表現するのか、期待が膨らみます。