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埼玉・東所沢のところざわサクラタウン・角川武蔵野ミュージアムにてリレー形式で開催されている企画展「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」。第6弾の作品として、大小島真木さんの手掛けた『綻びの螺旋』が公開されています。
新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう中、“疫病退散にご利益がある妖怪”として話題となったのが、幕末の熊本沖に現れ、疫病について予言したと言われる“アマビエ”です。多くのメディアに紹介されたり、SNS上で「#アマビエチャレンジ」が流行したりと、注目を集めてきました。
そんなアマビエを6名のアーティストが再解釈し、「現代のアマビエ」としてアートで表現する企画展が「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」です。
今回、シークレットゲストとして同展示に参加し『綻びの螺旋』を制作した大小島真木さんは、異なるものたちの環世界の間に立ち、絡まり合う生と死の諸相を描くことを追求しているアーティスト。2009年トーキョーワンダーウォール賞、2014年VOCA奨励賞を受賞されている他、個展、グループ展でも精力的に作品を発表するなど、注目を集める現代芸術家です。

そんな大小島さんに、今回の作品『綻びの螺旋』についてインタビュー。作品に込めた思いについて聞きました。

作品の構想段階で訪れた際、大小島さんは角川武蔵野ミュージアムを岩戸隠れ伝説の舞台である「『天岩戸』みたいだと思った」と語ります。
岩戸隠れは太陽神・天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸に閉じこもったことで世界が闇に包まれてしまうという記紀神話です。太陽を失い、困り果てた神々は一計を案じ、天岩戸の前で宴会を開いて騒ぎます。あまりの騒がしさに、不審に思った天照大御神が少しだけ戸を開けて外の様子を伺うと、待ち構えていた力自慢の神様に手を引かれて引きずり出されてしまい、世界に光が取り戻されます。
窓もなく、閉じられた空間のようでありつつも人が出入りしている角川武蔵野ミュージアムから大小島さんが連想したという岩戸隠れ伝説。「外部を遮断しようとしても、綻びが生じてしまう」というこの物語は、コロナ禍での我々のあり方とも結びつきます。
「コロナ禍で私達は国と国、人と人、それぞれの距離を考え直し、再構成してきました。これまでの私達は対面でコミュニケーションを取ることを大事にしていた生き物だったように思いますが、それが一転して罪とされるようになった。
けれど、どんなに閉じてもウイルスは結局入ってきてしまいます。また、対面で会えない状況でZoomでのオンライン飲みが流行するなど、人は他者とどうにかしてコミュニケーションを取ろうとしていました。
私達は望む望まざるを問わずつながってしまう生き物であり、完全に閉ざすことはできない。それを『綻び』として表現しようと思いました」
そうして大小島さんが制作したのが『綻びの螺旋』でした。同作は3点の絵画と再生リネン布でできた立体物、そしてこれらの作品をつなぐ黒い“道”で構成される、大型のインスタレーション作品です。ミュージアム2Fの壁面だけでなく、床面も、そして屋外までをも縦横無尽に用いています。
ミュージアム入口は「異界への入り口」をイメージし、底面に翼のようにも見える人の手の集合体の絵が配置されています。

「『綻びの螺旋』は外へと出ているし中へも誘っている。外と中を行き交うようなイメージです」
生命の木をイメージした『マンダラージュMANDALAJU』
ミュージアムに足を踏み入れると一際目を惹くのが、会場中央奥に配置された「マンダラージュ MANDALAJU」(※MANDALAJUの3つ目の「A」は上にマクロンが正式表記)。およそ縦5.8m、横6.4mにも及ぶ巨大な絵画作品です。
タコやクマ、カメなどの動物や、人のようでいてどこか違う生き物、受精している卵子のように見えるモチーフが絡まり合って、“生命の木”として描かれています。
「マンダラージュは熱海のレジデンシーに滞在して制作しました。構成はガチガチに決め過ぎず、海辺で目にした生き物を描いたり、漂流物を押し当ててスプレーで跡を残したりと、その場で出会うものを取り入れながら制作していきました。例えば、海岸沿いでカメの死体を見つけたので、『カメが世界を支えている』という図像を描いたりもしました」

「環世界群 Umwelts」
ミュージアムの柱に配置された『環世界群 Umwelts』は作品中央に描かれた大きな上腕骨が印象的な作品です。
タイトルの“環世界群”とは、ドイツの生物学者・ユクスキュルが提唱した「全ての動物はそれぞれに種特有の知覚世界を持って生きており、その主体として生きている」という思想を意味します。
「ユクスキュルの著書の中にマダニの話が出てくるのですが、マダニは木の上で血を吸う相手が通りかかるのを待ちかまえ、匂いや体温を知覚して獲物の体へと落下するそうです。けれど獲物は頻繁に通りかかるわけではないため長期間絶食することも可能で、18年間絶食しても生きていたという記録もある。
そんなマダニの嗅覚や温度感覚、時間感覚は、私達のものとは絶対に異なりますよね。人間の尺度で全てを測ることには限界がある。そういう思いから、骨から他種が出てくる様子を描いています」
上腕骨の上に描かれた大きな山からは、脳のようなものが少し覗いています。

「“氷山の一角”という言葉があります。水面の上に氷山が出ているけれど、見えているのは一部分に過ぎず、何倍もの大きさの氷が海の下にある。20世紀、科学が発展することで私達はさまざまな事象を理解してきましたが、それでも生命がどうやって作られているのかはわからない。私達が理解できていることは、それこそ“氷山の一角に過ぎない”んですよね。未知なもの、わからないものの中に生きているという思いがあります」
『クラレ Curare』

大きな手を描いた『クラレ Curare』。同作はアマビエと類似した、3本足の猿の姿の妖怪「アマビコ」として制作されたそうで、大きな手の中にはよく見るとたくさんの猿が描かれています。
「『Curare』は『care』の語源になったラテン語ですが、“他者の悲しみ・痛みを自分のものとして同じように感じ取ること”を意味し、他者の痛みを受け取る苦痛を含んだ言葉だったそうです。
そして、ラテン語の否定の接頭語『se』と『cure』を組み合わせることで『secure(安全)』となる。他者との関係性を断ち切ることによって“安全性”が高まるということですね。それがコロナ禍で実感としてあるのだけれど、私達は完全に他者を断ち切ったままでは生きられない。
そこで思い出したのが“手当て”という概念でした。外部を完全に断ち切った世界の中では生きられないのだとしたら、私達は多少の痛みを伴いながらも他者に手を当てて、ケアしていくのだと思いました」
作品をつなぐ“道”に書かれた言葉

これらの作品をつなぐ黒い“道”には、さまざまな問いかけの言葉が綴られています。内容は「自然に対する自分たちをいかに捉えるか」をテーマにした、神話や民話等から影響を受けた言葉とのこと。
「去年人間の体とは何か、と改めて考える機会があったのですが、『human』という言葉は“腐葉土”を意味するラテン語『humus』から来ていると知りました。“腐った植物の土”から出来ているのであれば、私達の身体そのものが穢れと切り離せないですよね。
そんなテーマにつながるような話が『古事記』にあり、当初はそれを使おうと思っていました。殺された大宜都比売(オオゲツヒメ)の体から穀物や大豆が生じるという話なのですが、穢れのようなものと、豊穣や聖につながるものが同時に混在しているのが面白い。
とは言え、そのまま使うのでは現代語訳への著作権等もありますので、そこからインスピレーションを得つつ、私自身がこれまで考えてきたことを書きました」
ミュージアムアート部門ディレクター・神野真吾さんが語る『綻びの螺旋』
「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」のアートディレクションを行ったのは、千葉大学准教授で角川武蔵野ミュージアムアート部門ディレクターの神野真吾さんです。改めて、大小島さんへの依頼理由や作品の魅力を語っていただきました。
――大小島さんへの作品の依頼理由を教えてください。
大変大きな枠組みでアートに取り組んでいる点に大きな可能性を感じました。当初の見通しでは、コロナ禍は一年後にはほぼ収束しているのではないかという期待もあり、テーマの重さや奥行きはありつつも、ポジティブなメッセージを力強く発信できる作家が最後にはふさわしいと考え、大小島さんに依頼をしました。
――神野さんから見た、大小島さんの作品の魅力を教えてください。
自分が設定したテーマに対して、きちんとリサーチをしつつ、あくまでも自分のイマジネーションに重きを置いて制作をしているアーティストだと思います。全体としてのインパクトを有していながら、細部の描写も魅力的で、その作品の前でさまざまな楽しみ方をできるのが魅力だと思います。
——作品内容について、話し合いなどはありましたか?
「アマビエ・プロジェクト」の背景をお伝えした後に「結界」というアイデアが返ってきた。その延長にあの空間の使い方が自然と出てきました。大小島さんが空間から感じたところがいちばん重要な出発点でした。またミュージアムの内部の黒を効果的に活かしていただきました。すでに展示されていた米谷健+ジュリアさんの『ウルトラブッダ』も、その一部に組み込むなどの提案も前向きに考えてくれ、最終的に空間としてユニークな作品が生まれたと思います。
——完成した作品を見てどう感じますか?
2階エントランスフロアの雰囲気を損なうことなく活かしきって、また別の空間へと変えてくれたなと思います。本当に力の入った作品で、多くの人に見てもらいたいと思います。「天岩戸」のよう、と大小島さんは仰っていましたが、この空間の非現実性、異世界性を、とても質が高いレベルで実現してくれ、感謝の思いしかありません。
大小島真木さんのインスタレーション作品『綻びの螺旋』は角川武蔵野ミュージアムにて、2022年3月31日(木)まで公開予定です。
これまでの「アマビエ・プロジェクト」
2020年11月から開催中の企画展「アマビエ・プロジェクト~コロナ時代のアマビエ~」。大小島さんがラストを飾った同展示では、これまでにも魅力的な作品が展開されてきました。
第1弾は絵画のみならず、パフォーマンス、インスタレーション、小説など多様な表現手段で毒とユーモアのある作品を生み出す現代美術家・会田誠さんの『疫病退散アマビヱ之図』。

「まずは誰か一人がストレートなイラストをやるべきではないかと思い、トップバッターを名乗り出ました」と会田さんが制作したのは、“幕末の熊本沖に現れ、漁師らに対し疫病について予言した”というアマビエ伝説に則った、古代の「海の民」のような姿の人間とアマビエの姿が描かれたイラスト作品。同作は5メートルを超える巨大な“お札”として引き延ばして複製され、原画と共にミュージアムに展示されました(2021年3月まで)。
第2弾は絵画や彫刻、インスタレーションを通して、人間と世界の根源的な関係を表現し続けるアーティスト・鴻池朋子さんによる『武蔵野皮トンビ』。ミュージアムの外壁に牛革と水性塗料で制作された巨大なトンビがあたかもへばりついているかのように展示されています。展示期間である約1年間で「人間の皮膚のように経年変化しタフに歳とっていく」(鴻池さん)ことも想定された作品です。

第3弾は比叡山延暦寺での仏道修行などを経て画家となった経歴を持つ川島秀明さんの『SHI』。仏教で四つの真理を意味する“四諦”と三島由紀夫の「豊饒の海」に着想を得た作品で、自身が般若心経を唱えた上でミュージアムに納めました。

第4弾は荒神明香さんによる『reflectwo』。川面に映った景色に着想を得た、造花を素材として制作された作品です。
第5弾は大岩オスカールさんによる『The Sun and 10 Ghosts(太陽と10匹の妖怪)』。海のような宇宙のような空間で、妖怪とも生き物とも受け取れる物体が、中心にある光を眺めているように見えるドローイング作品です。

そして、今回大小島さんがラストを飾った同展示。12月下旬には「アマビエ・プロジェクト大集合展(仮)」も開催されます。ご期待ください。